サッカーワールドカップで日本は惜しくもベスト16で敗れて少し生活も落ち着いたような気がするわけですが、今回いろいろ新しいと思ったのは
・特に絶対的中心となる選手の存在がなかったこと
・極めて冷徹に戦術的に決勝トーナメント進出を決めたこと
・なんかクリアっぽいボールがやけに前線に収まったこと
・決勝トーナメント一回戦で2-0という局面を迎えたこと
などでして、最後の2-0という局面はかなり予想外だったためにその瞬間のみ戦術の意思疎通が薄れてしまったように感じましたが、総じて「組織力」で導いた結果ではなかったかと思います。陸上の400mリレーとかもそうですが、個人個人はみんな10秒台でもなぜかバトンパスとかの巧さでメダル獲っちゃうみたいな感じでした。
で、この意思疎通とか共通意識とかの土台となるのは、やはり言語空間を選手一人一人が共有していると言うことが大事ではないかと思います。サッカーではJFA主導のもと、この言語(用語)の共通化ということを非常に丁寧にやって来ましたし、選手指導においても細かい資格のヒエラルキーを作って海外のメソッドを一生懸命輸入してきたわけです。もともと日本人というのは世界でまれに見る純度の単一民族・単一言語国家であるが故に、言語の共通化に関しては鈍感(だってそこまでしなくても空気でわかっちゃうから)な民族と言えます。なので言語の意味を定義すると言うことに関してはあまり神経質な民族ではないわけです。そしてこのことが日本のスポーツ指導においても様々な用語やメソッドが氾濫している原因ではないかと思うのですが、サッカーは国際的に見て後進国であったが故に言語共通化がかなり進んだというのが日本がある程度の成績を残して来れている理由ではないかと思います。
一方野球やゴルフは日本での歴史は長いですが、けっこう意味の不明瞭な言語が存在するわりにサッカーではあり得ないレベルの世界的スーパースターレベルの選手を輩出しておりますので一概に言語の共通化が絶対かと言うとそうでもないという意見もあるとは思いますが、少なくともゴルフに関して言えば平均的に見れば男女とも韓国に負けていると思うのですね。日本と韓国でライダーカップやったら負けちゃうよねと。もう体格とかそんなに違うとは思えないし(サッカーの対セネガルとかの体格差より絶対少ないし)ましてゴルフなんて後ろからタックルとかされないわけですから。
で、TGMというのはその言語共通化に関しては(それが完全にスタンダードになっているかは別として)非常に意識の高い書物であると思いますので、こんなブログもいつか何かの役に立てば良いなぁと少しは思っております。
で、そのためにはTGMに書いてあることを日本人として理解出来るようにしなければならないわけですが、その際日本語に翻訳をするのか英語そのままでいくのか非常に悩ましい単語があるわけです。「セイニュウ」というオランダ語を「神経」と訳すような所行はもはや「造語」の世界ですので、それがムリならもとの言葉そのままで行こうかと思う訳です。
代表的なのは「Force」です。ブログ内では「チカラ」とか「作用」とか訳してますけど「Force」には「軍隊」という意味もありますし、「作用」じゃいかにも弱すぎるよなと思うわけで、なら「フォース」でいいじゃんとか思うのです。
で、前置きが長くなりましたが「Stationary」です。「ステイショナリーヘッド」は「三つの基本的本質」の一つなので、この解釈が曖昧だととってもまずいと思うのですけど、この単語とてもやっかいなのです。
まず最初に「文房具」のステイショナリーは「Stationery」でスペル違うので混同されないように。
で、意味としては「動かない」「動かせない」「安定した」とかあるのですけど、これをそのまま捉えれば「ステイショナリーヘッド」という言葉は「アタマを動かさない」という意味にも取れるわけで(その辺を見てジム・マクリーンさんとかは「TGMはクソだ」とおっしゃるわけですが)、なんかしっくり来ないのでブログでは「静的な」とかなんじゃそりゃな日本語でごまかしてきたわけです。でもこの言葉の用例を見ていくとそういうことじゃないよねと。
動かない、微動だにしない、不動みたいのはたぶん「immovable」とかで「Stationary」の用法みていくと
・船がつながれている状態は「Stationary」
・北極星は地球からみてその位置が「Stationary」
・この都市の人口は安定的「Stationary」に推移している
・患者の容態は安定「Stationary」している
・この遊具は公園に備え付け「Stationary」の遊具だ
・定点「Stationary」観測
みたいな感じなので、必ずしもカチコチに凝固した不動な状態ではないと言うことです。なのでTGMで「『ステイショナリーヘッド』が本質的に重要=アタマを動かすなと言っている」わけではないと思うのです。
以下の記事を見ても
「アタマがピボットの中心であることが望ましいが必須ではない」みたいなこと言ってます。そして背骨と両肩の交差するところがショルダーターンの中心であるとは言っています。この間の写真の松山君に一本線を足したものが以下です。
アドレスの両肩の線と黄色い線の交差地点がほぼ背骨と両肩の交差点で、それがショルダーターンの中心だということですが、これはどのプロの連続写真でも必ずこうなります。言い換えれば「プロ(上級者)は必ずショルダーターンの回転軸(中心)が安定している」となります。
そしてどのプロの写真を見ても、頭部は(ちょっと後方に)動いていますし、その動作がどんだけ少ないケースでも顔の向きくらいは変わっています。よって「頭は動いている」と言えます。
なので「ステイショナリーヘッド」によって達成されたいことは
・インパクト周辺環境の定点観測(本カテゴリーの記事参照)
・ショルダーターン軸の安定化
・(結果として)スイングプレーンの安定化
ではないかと思います。
じゃあなんで「ステイショナリー『ヘッド』」ってしたのかということですが、上記の目的を達成するためには、頭部の重量と、地面を見ている目線を上手く使えということだと思います。
「ショルダーターンの軸を安定させろ」という指示よりも「アタマはストローク中そんな激しく動かすものではない」の方が伝わりやすいと言うことではないかと思います。
ということで「ステイショナリー」の意味がある程度定義出来そうなので今後「ステイショナリー」はそのまま「ステイショナリー」で行きます。
あーめんど。