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第24章 ボールの飛行 – スピン、揚力、抵抗
多くのゲームやスポーツでは、ボールが蹴られる、打たれる、投げられるなどした際に、空気抵抗を計算に入れることが一般的であり、また多くの場合ミサイルなどもこれらの効果を有効に利用できるよう、特別にデザインされ、適合するようになっている。
クリケットでは、ボウラー(投手)はボールの継ぎ目の隆起を利用して、飛行中にカーブさせることができる。また野球、テニス、フットボールにおいても、投げる、打つ、蹴るなどの動作の中で、ボールに回転を与えることがよくあるが、これは相手の想定外の軌道の変化を与えることで、正確に捕球する、あるいは返球することを難しくさせるためである。またラグビーのタッチキック、円盤投げの選手なども、特殊な形状をした飛行体の最も効果的な軌道を生み出すためにスピンを使用する場合がある。
しかしゴルフほど、これら空力の影響を原則的に受けている競技はないだろう。我々の知るこのゲームの主たる魅力は、この空力の影響にかかっていると言ってもよいだろう。
ゴルフにおける三つの空力
インパクトから地面に再び着地するまでのゴルフボールの典型的な弾道では、ボールに作用する空力を三つの要素に分類して考えるとわかりやすい。
- 一般に「空気抵抗」と呼ばれる「抗力」は、ボールが飛んでいる方向とは真逆の方向に作用する。
- 「揚力」は、ボールが飛んでいく方向に対して、垂直な軸上で「上方向」に持ち上げる力のことである。
- 「ヨー」あるいは「横向きの力」は、前述の二つの力のプレーンに対して垂直方向(左右)働く力のことである。
またもちろんこれ以外に、常に作用している力として、ボールの重量に対してかかっているのが「重力」であり、ボールがどの方向に動いているのかに関係なく、常に下方向に作用する。
24:1 ゴルフボールの飛行に影響する三つのフォース。「抗力」は主にボールの速度によって決定され、「揚力」とお「ヨー(横方向への力)」はボールのスピンによって決定される。さらに揚力はバックスピン、また「ヨー」は(通常は)意図しないサイドスピンによって発生する。これら三つの空力によるフォースは、ボールが飛行中に速度を失っていくことで小さくなっていく。またボールには常に重力がかかっており、これはボールの状況にかかわらず垂直に下の地面方向に作用するためボールはいずれ落下するが、これら空力によって発生するフォースの特定の組合せが弾道を決定している可能性はある。
当然、ストレートショットを放った場合に「ヨー」の影響は存在しなくなる。よってボールの飛行中における抗力と揚力がどのように作用するかを精密に調べているあいだは、「ヨー」の影響はしばし脇に置いておくことができる。
「抗力」について我々は日々精通していると言える。風の強い日の丘に立つ、速度の出ている車の窓から手を出す、浴槽で湯をかき混ぜるなどの行為によって、我々は「抗力」を直接的に感じることができる。「抗力」は静止した物体を気流が通過するとき、あるいは風のない空中を物体が飛行するときも同様に作用する。
「揚力」については身近に体験することは稀だが、子供が薄く平らな石を投げる、凧揚げをする、あるいは卓球の「カットショット」などでその効果を目にすることができる。
ゴルフに慣れていない人にとっては、ゴルフにおける「揚力」の影響は目覚ましいものがあるだろう。ゴルファーにとってはそれを通常のものと認識することに慣れていても、一般の人にすれば、長く遠くに放たれたドライバーショットは、信じがたいほど長く空中に留まり、やがて想像していたよりも遥かにゆっくりと地面に落ちていくように見える。
本書の読者であれば誰しも、その効果がどれほど顕著なものであるのかを自分自身で確認できる。ボールを60フィート上空に投げると、4秒以内に地面に着弾する、しかしボールが最高点で60フィートの高さになるフルドライバーショットを放った場合、そこから着弾まではおよそ6秒、つまり50%も長い時間を要する。ゴルフをしない人からすれば、何らかの作用によってそれが長く滞空していると感じるわけだが、このフォースは当然我々が第20章で見てきたように、バックスピンによって発生しているものだ。
このことが解明される以前は、ゴルフは科学者にとってパズルのようなものだった。バックスピンの重要性を最初に認識したのは、1890 年頃のエジンバラ大学のテイト教授だった。彼はゴルフボールを大気中でXヤード以上飛ばすことはできないということを何度も計算下が、翌朝、彼の息子のフレディがその結果よりも10ヤード先にドライブしたという逸話がある。今日ゴルフの研究を行っている科学者にとっては教訓めいた逸話かもしれない。
いずれにせよこの現象を説明する必要があったが、こうした経緯で教授は最終的に、ショットにおいて揚力を生み出すバックスピンの重要性を認識し、その効果で数学的に可能と考えられていたよりも遠くにボールを飛ばせる原理を発見したのである。
気流、航跡、渦
「揚力」:はどのように作用するのか。
効果は単純かもしれないが、その背後におけるフォース群は非常に複雑で、興味深いものであり、「抗力」でさえ日々の経験が示唆するほど単純なものではない。
まず静止したボールの周りを気流のような流体が流れるとどうなるのかを確認していくことにする。図24:2はこの状態を表している。ボールの「前方」にある気流は減速され、気流が分断されるその瞬間に静止する。対称的に、ボールの側面に近い(ボールに強くぶつかっているわけではない)気流は、一般的な気流の速度に比べて加速される。写真では、ボールの上部と下部に「流線」が集まっている(より速い流れを意味する)ことが確認できる。
24:2 スピンのかかっていないボールと気流の関係。実際にはこの写真は気流とボールではなく、水にポリエチレンの細かい粒を大量に浮かせて、筒状の物体の周りを水流をあてて実験したものである。しかしながらボールの周りの気流の状態と類似した状況となっている。ここでは10枚の撮影(撮影間隔は1/100秒)をオープンシャッターによって行い、従い、一つの粒は10個の流れとなって撮影されており、その長さが気流の速度を表していることになる。移動の幅が短い場合は気流が遅く、長い場合は気流が速いことを意味する。ボールとは離れた位置にある通常の速度の気流に比べ、ボールの前方で気流は減速し、ボールの上部あるいは下部に向かうところで速くなっていることがわかる。これはボールの前方で気圧が高く、側面で気圧が低いことを意味する。またボール側面では気流がスムースに通過しているのに対して、後方では不規則な「渦」を形成し、それが「航跡」のようになっていることも確認できる。
流体の流れが速くなると、そうではない場合に比べ気圧が減少する。この原理が、例えばハリケーンの強い風によって家屋の屋根が持ち上げられる理由であり、家屋内部の静的な空気は、屋根の上の高速な気流よりも気圧が高くなり、文字通り屋根を押し上げてしまうのである。このような劇的な状況でなくとも、この現象の実験を行うことは可能である。二枚のシートを10センチ程度離して平行に吊し、その二枚のシートの間に強風を吹き付けると、二枚のシートは互いに近づき、想像しているよりも離れない。
図のボールに話を戻すと、ボールの上部と下部、実際にはボールの側面全体の、気流が高速な部位は気圧が低いことを表し、ボール前方のほとんど静止した空気は気圧が高いことを意味している。
次に注意すべきことは、ボールの外周を流れて加速された気流が、ボール後方の形状に沿って流れていないことである。その代わりに、気流はおおまかに当初向かっていた方向に流れ、ボールの後方の領域は「渦」で満たされる。
これらの「渦」はボールの表面に非常に近い、空気の層の挙動によって形成されている。この「境界層」がボールの表面を移動すると、摩擦抵抗が発生することでボールが減速する。つまり、ボールの後方に向かうにつれて気圧が高くなっていく状態を維持するのではなく、ボールを停止させる作用を与えながら、低圧領域にある状態でボールの表面を離れるのである。当然この現象は写真のようにボールに対して上下の関係性ではなく、ボールの側面全体で起きている。そしてそれがボールから遠ざかるにつれて、単純な気流のパターンではなく、「渦」が形成される断面が円形の領域を形成する。この「渦」が次々と離れていき、船の「航跡」のように、乱気流の「航跡」を形成するのである。
この「渦」がどの程度ボールの挙動に影響を与えるのかは、境界層がボールの表面のどの地点で離れるのかに依存する。これは今度は、流体がボールを通過する速度と、ボールの表面の粗さに依存する。しかし我々が議論すべき現実的なボールの速度の、かなりの広範囲において、境界層は、流体がボールをその最大直径で通過する低圧領域のちょうど中間点の直前で壊れる。従ってボールのサイズによって「航跡」の幅が決定され、広範囲の速度でそれは不変である。
「航跡」は「抗力」を発生させる
つまりこのパターンにおける効果は、ボールの前方では高い気圧になり、気流が通過するボールの側面では低い気圧になり、その後ボールの後に航跡の渦の領域が発生し、気流に対する抵抗を発生させる。よってこの「抗力」のみなもとは、低速度で高気圧の前方領域と、後方の高速度で「渦」を形成している領域の気圧差と見なすことができ、またこの「渦」をかき回すのに使われているエネルギーの尺度として見なす、あるいはその両方である。この状況は、平らな棒(定規のようなもの)を水中で素早く広い面に垂直に動かそうとした際に感じるのと同程度の抵抗と言える。
この「圧力抵抗」と呼ばれるものは、空気とボール表面(または水と定規の表面)の間に発生する、直接的な摩擦に比べてはるかに大きいものあるため、ゴルフではこうした摩擦の影響は、抗力全体で見ればほぼ無視できるほど小さいものである。